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長岡新聞・悠久録(10月2日)No.1562 長生橋

 

長生橋は当初木橋だった。名称もナガイキバシとされたが、いつしかチョウセイバシになった。
完成した橋は夜中でも通行人が絶えることが無かったという。信濃川には中州(柳島といった)が
あり、これを中継して、2本で構成していた。東西の交通は当時から頻繁で、橋は長岡の誇りだ
った▼栁島には茶店が数軒あり、そのひとつが㈱江口だんご(本社=宮本東方町、江口太郎社
長)で、行き交う人の格好の休憩ポイトになった。当初は有料で渡り賃が1人1銭2厘、牛馬2銭
4厘、人力車2銭、駕籠2銭8厘、荷車3銭だった(山口充一著『郷土ながおか』1977年刊)▼昭
1210月、鋼鉄製に生まれ変わり、長生橋はさらに華やかに輝いた。戦時中は、米軍機の空
襲にも耐えた。だが多くの市民が橋を渡ろうとして亡くなった場所でもある。画家・水島爾保布
(にほふ・東京・根岸生・1884~1958)は『長生橋之図』(中央図書館蔵)を描き、当時の風情
を伝えている▼水島は「大阪朝日」(現朝日新聞)でコラムと挿絵を担当したが「白虹事件」で退
職。戦後、長岡に移り住む。『信濃川の鮭網』をはじめ、長岡の風物を情緒豊かに描いた。「壮士
ひとたび去って復また還えらず」の心境だったのだろうか▼幾多の喜怒哀楽をみつめた長生橋
は米寿を迎える。これからも長岡の誇りであり続けるだろう(とけいそう)






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