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長岡新聞・悠久録(3月14日)No.1591 蔦都坊

長岡は工業と共に米作が盛んだ。その規模は大きく、コシヒカリはいつも人気だ。背景
には信濃川が形成した湿地帯を、水田に開墾した先人の労苦がある。「与板町蔦都(つ
たいち)」もその労苦の一つだ▼川西を川袋町、李崎町方向へ向かうと信濃川方向に豊
かな水田が広がる。戸数は50戸に満たない。僧「蔦都坊(つたいちぼう)」は目が不自由だ
ったが、住民を鼓舞して開墾した。地元住民たちはその徳を敬って集落の名を李崎村枝
郷から蔦都にかえた▼慶長3(1598 )年、富山県生地町の専念寺で生まれたという
。本名は鷲尾景量。東西両本願寺の争いに際し、故郷を追われ一家は流浪する。だが越
後では各地を開拓、美田を創りあげた。その最後の開拓地が「与板町蔦都」である。同
地に居住する遠藤貞男さんは『蔦都坊の伝説と集落の語り部』を著し、その事績を紹介
。「美田を残し、人々の生活を向上させた事業は越後の国でも先駆者であり、後世のわ
れわれでもなしえない立派な業績」と讃える▼350周忌(2017年)には顕彰碑を
建立した。除幕・建碑開眼の式典には、「蔦都坊」が開墾した栄・油嶋・新谷地域など
ゆかりの土地からも参列者があり、総勢約80人の関係者が遺徳を偲んだ▼「人は死して
名を遺す」という。「蔦都坊」は湿地帯を美田とした事で、今も尊敬と追慕のなかにい
る。(とけいそう)




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