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悠久録(過去の悠久録はこちら)
長岡新聞・悠久録No.1163:古戦場で「八丁沖ウオーク」

栄凉寺(神田3)で10月7日、河井継之助没後151年祭法要が行われた。13日には戊辰戦争
の古戦場で「八丁沖ウオーク」があり、継之助ファンや歴史愛好家がその偉業を偲んだ▼落城
した長岡城奪還のため、継之助の指揮で長岡藩兵が進んだのが八丁沖である。今でこそ美
田が広がるものの当時は沼地。とても人が通れるところではなかった▼だが城を奪還できなけ
れば、一方的な負け戦になる。奪還の成否は、長岡藩の面目にかかわり、戊辰戦争の意義に
かかわる。奪還は成功するが再度の落城で継之助は1868年10月、八十里越を経て会津へ
落ちる。その途中で戦没▼八丁沖渡渉にあたり「進んで死すべし、退いて生くるなかれ」と全軍
に檄をとばした継之助は、生を全うできなかったとはいえ、死に直面しても心は穏やかだった
のではないだろうか。その継之助は「つぎのすけ」か「つぐのすけ」か。一時期論争があって喧
しかった▼司馬遼太郎は小説『峠』で「つぎのすけ」とした。だが今は故人の某大学教授が「つ
ぐのすけ」を主張し、司馬に論戦を挑んだ。河井継之助記念館館長の稲川明雄さんは綿密な
調査の結果、「つぎのすけ」が正しいとし、館の名称にもしている。「弊紙連載『郷土史水滸伝』
(2013年)には、その経緯が詳しい▼名前が濁るか否か、論争は時に激しくなる。宮城、山形
両県にまたがる蔵王山も「さん」か「ざん」か、論争は決着がつかない。とうとう国土地理院は両
方の呼び名を地図に併記した。名前には思いが籠り、その表記は難しい。(とけいそう)
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