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このほど終戦の日(8月15日)にあたり、弊社編集部あて投稿があった。投稿の主は市内在
住のAさん。切手マニアを自称し、主に郵便の歴史を研究しているという。
Aさんは「あの戦争での悲惨な記憶が次第に風化していく中、珍しいハガキ(写真)を見つけ
た、ぜひ多くの方に当時このようなことが多々あったことを知って欲しい」という。以下に紹介し ます。
ハガキの宛名は東京都丸の内「聯合軍司令部最高司令官マッカーサー元帥閣下」。日付の
記入は無いが郵便局の日付印が「挙母、21・10・31、愛知県」と読めることから愛知県の挙母 (ころも)町から投函されたハガキとわかる。文面は「在満兵杉浦正作君の妻可弱い女子一人 にて小供四人をいだいて仕事も出来ず誠に見るに忍びず ダグラスマッカーサ元帥閣下の御 ちからによって一日も早く復員出来ますよう御世話してください おねがい申し上ます」(原文の まま)とある。
編集部注
▽挙母(ころも)町=昭和26年市制に変更し挙母市、昭和34年に豊田市に市名を変更した。豊田自動車鰍フ本社が
ある。
▽在満兵=満州派遣軍の召集兵、多くはシベリアへ抑留になった
▽復員=軍役を終え戦地から故郷へ帰る
Aさんは「当時はこのような家庭が多かったのだろう。寡婦が溢れていたに違いない」と話し
ている。そのうえで「ハガキの表には占領軍の検閲印『RELEASED BY CENSORSHIP』 があり、検閲官1028の表示がある」と説明する。
日本は昭和20年8月14日ポツダム宣言を受諾。15日降伏した。そして9月2日東京湾内の米
国海軍軍艦ミズーリ号で降伏文書に署名する。外務大臣重光葵が天皇および日本帝国政府 を代表して、参謀総長梅津美治郎が大本営を代表して署名した。連合国軍最高司令官ダグラ スマッカーサは4連合国(米国、英国、ソ連邦、中国)を代表して署名。
以後日本は占領下に入り、昭和26年の平和条約締結まで主権は停止になった。そして全て
の郵便物について連合国軍(主として米軍)の検閲を受けることになった。Aさんが示すハガキ もそのような検閲印の表示がある。
編集部注
▽ダグラスマッカーサ=米国陸軍元帥、連合国軍最高司令官、国連軍司令官、太平洋戦争時に一貫して日本と対
峙した。日本降伏後は日本の戦後処理を統治、戦後日本の最高権力者になった。
▽検閲=公権力が手紙などの文書や表現を検査する
Aさんは「検閲印は20種類ほどありました。全国の全ての郵便物が検閲の対象になり、それ
ら全ての郵便に検閲印が押されました。なおこのハガキの検閲印は正確には検閲免除印で す。軍関係への葉書ですので読むのは省略したのでしょう」とも話す。
当時検閲官は一人ひとりに固有番号が付されており、日本人検閲官の場合は頭にJが付い
た。「このハガキにはJが無いので連合軍兵士の検閲と思われます」という。
そして今年も終戦の日が巡ってきた。国内で戦火に追われた人々がいる。さらに音信普通の
夫や息子を待ち続けた人がいる。そしてその早期帰還を戦勝国に依存せざるを得ない敗戦国 の現実があった。
1枚のハガキにも留守家族の哀しみがみえる。
ハガキの文面
「聯合軍司令部最高司令官マッカーサー元帥閣下」宛のハガキ(裏)
文面「在満兵杉浦正作君の妻可弱い女子一人にて小供四人をいだいて仕事も出来ず誠に見
るに忍ず ダグラスマッカーサ元帥閣下の御ちからによって一日も早く復員出来ますよう御世 話してください おねがい申し上ます」
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