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長岡市長選挙(その2) 新人・藤井盛光氏に聞く

 いよいよ市長選挙がはじまる。告示は11月1日。投票日は8日で開票は即日、長岡市市民
体育館大アリーナで行う。10月13日には選挙管理委員会が立候補予定者への説明会を行っ
た。告示前であるが、すでに選挙ムードである。現職の森民夫氏(66)=無所属=と藤井盛光
氏(37)=無所属=が立候補する現職と新人の一騎打ちになり、8年ぶりの選挙戦になる。
 そこで両候補に話を聞いた。

挑戦者 藤井盛光氏

 藤井盛光氏は長岡市議会議員であったが、2期目の途中で辞任しての立候補である。 生
まれは岩手県盛岡市。慶応義塾大学理工学部応用化学科を経て同大学大学院を修了。理学
博士である。わが国で最大の理化学研究所脳科学総合研究センターに研究員として籍を置い
た。だが奥様の関係から、曹洞宗太平山興国寺(長岡市千手2)の僧侶になる。同寺には長
岡藩大参事小林虎三郎の墓があり、藤井氏は虎三郎を敬愛してやまない。
理化学研究所の研究員から僧侶へ転身、さらに市議から市長へチャレンジと、若い情熱を滾
らせている。

活力のかたまりである

 大きなクリクリした黒い瞳が人を惹きつける。元気と熱気でいま人気の元テニス選手にも負
けない「活力のかたまり」に見える。
藤井氏は子どものころから「人の役に立つ仕事がしたい」と考えていた。そこで大学院では脳
の研究を志したという。「人の営みはすべて脳の活動から生まれる。脳を解明すれば、様々な
問題を改善する手がかりになる」からである。
そして世界トップレベルの研究者が揃う理化学研究所に紹介もなしに押しかけた。幸運なこと
にセンター長が対応してくれ、その日のうちに「研究生にならないか」と誘われた。藤井氏の見
識が認められた瞬間だった。
藤井氏は同研究所に7年間在籍し、博士号を取った。後にアメリカ・サイエンス誌に掲載される
『将棋の棋士の直感と脳の関係』の研究にも携わった。前途洋々の研究生活。だが結婚4年
目に理研を辞し、長岡に居を移した。

想像力、創造力、行動力に満ちている

「妻はお寺のひとり娘。その役割を理解したら、自分がお寺に入るのが筋だと思いました。子
どもに生き様も見せたかった。家族の役に立てない人間が、社会の役には立てません」とし、
強い慰留にも決心は揺るがなかった。
お寺に入り修行を始めた。そして1年後、「このままでは日本がダメになる! ずっと危惧して
いた私にスイッチが入ったのは『事業仕分け』です。理研の予算も削られそうになった。世のリ
ーダーが目先の利益ばかり考えて大事な基礎研究を支援しない。わからない連中に任せてお
けないと思いました」と揺るぎ無い信条を胸に市議となる。
奥様の久里子さんが、「この人は天才だと思いましたから、いつかノーベル賞の授賞式に一緒
に行けるだろうと楽しみにしていました。結婚するなら想像力と創造力のある人がいいなと、そ
れはよかったのですが、ちょっとありすぎましたね」と笑う。
想像力と創造力に加えて行動力がある。行動が速い。迷ったら挑戦する。今回の市長選立候
補も同様である。

若い人が住み続けたい長岡を創る

「戦艦大和に竹槍で突っ込むようなものだと止めてくれた人もいました」と語りながらも、「いま
行動しないと4年後じゃ遅い。若者が毎年500人も長岡を出て行く」現実を直視する。市議1期
目の公約が、「若者の流失をいますぐ止めよう」だった。「若い人がずっと住みたい長岡を創り
たい」という。「優れた人材を育てることは地方、国を問わず社会の財産」である。このため「教
育の再生」を掲げる。「子どもは好奇心のかたまりです。大人がそれを削ぐような傾向がある」
ことを憂いている。
 市の急務のひとつは「合併地域との協調である」とし、「10地域は宝の山です。おかげで長岡
は魅力的な市になった。だが宝をまだ生かしきれていない」と指摘。「各支所長に意識の高い
職員を起用し、支所配属からも出世コースに乗れるようにします」と人材起用を語る。
 藤井氏は現在37歳。「自分では若さと経験がちょうどいいバランスで調和してきたと思ってい
ます。市長として働く情熱は誰にも負けません」と強調。市長選へ意欲を滾らせている。


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長岡市長選挙(その1) 現職・森民夫氏に聞く
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