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長岡の礎を創った大名

「堀直奇像」が県文化財に

狩野探幽が描き沢庵らが賛


 

 長岡の町の基礎を創り、新潟の港を整備した江戸時代初期の武将・大名の堀直奇(な
おより)。その還暦を祝って当代を代表する絵師が描き高僧3人が讃を添えた肖像画
「絹本著色堀直奇像」が、このたび県の有形文化財の指定を受けた。

 画を所有する新潟県立歴史博物館学芸課の渡部浩二専門研究員は、「直奇が実力者で
多くの人と交流があったことを示す歴史資料だ」と語る。



蔵王堂城主だった

 安土桃山時代、上杉氏の会津への移封後、越後春日山城に入った堀秀治に家老として
仕えたのが一族の堀直政で、その次男が直奇だった。越後堀家は内紛で改易となり直奇
もいったん越後から出されたが、大阪夏の陣での活躍が認められて8万石の蔵王堂城主
として戻ってきた。

直奇は、洪水の危険の少ない平潟原と呼ばれる土地に長岡城の築城を計画し町割りも行
った。しかし完成しないうちに
10万石村上藩へ栄転となり、そのあと入封した牧野氏が
城下の建設を引き継いだ。



琵琶と尺八が大好き

このたび県文化財に指定された肖像画は、直奇が村上藩主だった寛永13(1636)
年、還暦を迎えた記念に京都狩野派の絵師・狩野探幽が描いた。白いひげを長く伸ばし
て琵琶を弾じている。脇には武勇誉れ高かったことを象徴するかのように刀を立てかけ
一節切という一種の尺八が置かれている。

 「直奇は楽器好きで、琵琶や尺八のコレクターで、またそれらを弾いたり吹いたりし
て楽しんでいました」と渡部さんは解説する。

 肖像画の上部には沢庵和尚ら京都大覚寺の高僧3人が賛を寄せている。「武将として
の勇猛さと、優遊自在に琵琶を弾じる今の暮らしぶりや境地が書かれています」。また
表具に中世から江戸時代初期に大陸から伝来した貴重な名物裂である「金地二重蔓牡丹
文金襴」などを使った格式の高いもの。歴史資料だけでなく美術品としても価値のある
ことが評価された。


「今秋、展示したい」

 村上堀家は、直奇の長男と孫の死去で廃藩となったが、次男直時が村松藩を立藩し直
奇像を受け継いだ。藩では毎年正月に藩主の部屋にこの直奇像を掛けて上級家臣が礼拝
したという。

 2007年、村上家の遺族から新潟県歴史博物館に、この肖像画と、画に描かれたも
のとは違うが直奇愛用の尺八が寄贈された。

以来、直奇像は歴博で何度も展示され、新潟市歴史博物館(みなとぴあ)の「近世黎明
 堀直寄と新潟」展では図録の表紙にも採用された。

この秋、県立歴史博物館で再び展示する方向で計画中だ。寄贈された尺八や、堀家に関
連する資料も併せたものになるという。

 村松城のあった五泉市では映林寺に藩祖直奇の墓があり法要を続けている。市民有志
は「堀直奇をNHK大河ドラマの主人公に」と運動している。

しかし長岡では、蔵王堂跡に銅像があるほかは、どんな人物だったかほとんど知られて
いないのが現実だ。「今回の文化財指定を機に、皆さんから堀直奇に関心をもってもら
いたい」と渡部さんは語った。

(注)「なおより」は「直竒」や「直寄」とも表記されるが、本記事では県の発表に準
じて「直奇」とした。



                       
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