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シリーズ「組合探訪」

第2回

「長岡電気工事共同組合」

その1

地域の電気を守る

「電気は元気」だ

設立50周年を迎える



自然災害では広範囲でライフラインが途絶えやすい。中越地震の時がそうだった。「長
岡電気工事共同組合」では当時、全組合員一丸となって寝食を惜しんで復旧にあたった
。電気が戻った時、地域に元気と笑顔が戻った。まさしく「電気は元気」であった。

同組合は災害時のみならず、日常的なライフラインの安全と維持を図り、社会貢献に役割を
果たしている。その真情が地域に伝わっている。


「長岡電気工事協同組合」を立ち上げる

昭和20年代、空襲で焼け野原と化した長岡復興のため、電気工事の仕事は想像以上に
急増した。それに伴い、電力会社を退職した人や軍の通信除隊者、工場の電気管理をし
ていた人など、さまざまな方面で電気に携わった人たちが電気工務店を作り経営に乗り
出した。

時を同じく、県内の電気業者の団結と経営合理化のため協同組合を設立したいとの機運
が高まり、同業者全員が加盟に賛同した。この団結が組合に繋がった。1948(昭和
23
)年5月、市内の電気工事業者26社が「新潟県電気工事工業組合長岡支部」を設立し
た。

その後、日本経済の高度成長に伴い、電気工事業界も急速に伸び、技術の革新、電気工
作物の保安など、質・量ともに飛躍を遂げ、組合員の増加も著しかった。また、組合員
の要望により電気工事材料の販売部門を立ち上げたこともあって1975(昭和50)年
3月、同長岡支部とは別に、任意団体として「長岡電気工事共同組合」(西神田町、宮
下喜克理事長)を設立、設立50周年を迎えた。

同組合は組合員数103社(今年6月現在)。組合員総意のもと、経営の安定と発展を
目指している。


日常的なライフラインの安全と維持を図る

「長岡電気工事協同組合」は災害時のみならず、日常的なライフラインの安全と維持を
怠らない。自然災害では広範囲でライフラインが途絶えやすい。

中越地震の時がそうだった。被災者みんなが暗黒の日々を過ごした。その記憶は苦しい
思い出だ。当時、市民が一番困ったのは、生活に直結するインフラであり。なかでも電
気が杜絶した事だ。

同組合は東北電力梶i本社=仙台市)と共に災害復旧に、果敢に立ち向かった。地震翌
日の24日早朝、東北6県から集まった東北電力且P下の工事車両30台以上が、旧17号線
の南中央通り(下条町)に大集結。被害地域の状況を確認。全組合員一丸となって寝食
を惜しんで復旧にあたった。

同組合のおかげで被害が甚大な一部地域を除き、地震発生から数日間で復旧。地域に家
庭に、灯りがともった。

中越自身発生とその復旧から今年で21年が経過する。1023日が近づくと、あの時の
電気がない生活が、その記憶がよみがえる。電気が戻った時、元気と笑顔が戻った。ま
さしく「電気は元気」であった。その心意気が今も地域に伝わっている。

その心意気でこれからも電気のインフラを守り抜き、地域に明るさと元気をもたらした
いと同組合は張り切っている。

(つづく)


 




                       
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