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悠久録(過去の悠久録はこちら)
長岡新聞悠久録No.1129:五頭連山での親子の遭難
(6月5日分)
五頭連山で親子が遭難した。ずっと昔、まだ若かった時代に登ったことがある。標高は1000
bに近いとはいえ、さほど難しい山との記憶はない。季節は安定している時期である。親子は
楽しい登山をするはずだったろう▼救助活動は難航したようだ。初夏の山は生い茂るのが早
い。またたく間に緑に覆われたようだ。ヘリコプターからは地表が見えなくなったという。雪渓は
どんどん溶けていく。仮に雪渓があれば徒歩で行けたであろう場所も、むき出しの地表では難
しかったようだ▼何よりも位置の概略が分からなかった。山は広い。よくぞ発見したと言うべき
かもしれない。伝えられるところでは、最後の手段としてヘリコプターがホバーリングをし、その
風圧で草木をなぎ倒した。そしてかろうじて発見できたという。山中でのホバーリングは危険な
飛行である。救助隊も覚悟しての捜索行動だった。それでも残された遺族の悲しみはいかば
かりか▼作家司馬遼太郎は友人柳田国男の子息の死に当たって「われわれは馬齢でありま
す。二十五歳は宝石であります。まことにまことに」と書き送って、若い死を悼んだという。今日
は尾形光琳(1658〜1716)の忌日である。琳派と称する日本画の一派を興し、『八橋蒔絵
螺鈿硯箱』『燕子花図』などの傑作を遺した。それらは国宝として今も衆目を集めているが、そ
の画業の始まりは30歳半ばを過ぎてからという▼今回の遭難は37歳と6歳だった。そのような
将来の可能性もなくしてしまった。まことに惜しいニュースである。(とけいそう)

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